お宮さんの大杉にまつわる聞いた話、見た話あれこれ
                                     湯神子 石田 善盛

 湯神子村の誇りとして、幾世代にもわたって仰ぎ見てきたお宮さんの大杉が倒れてから、
早くも30年余りたった。昔の上市では、三本杉と並んで湯神子の大杉が遠くからの目印となっていた。
 樹高40.8m、幹回り8.3m。樹齢は推定415年。湯神子村の草分けと伝えられている小七郎の祖先が
この地へ入植したのが、加賀藩の開拓政策が進められた慶長年間とされるから、
その頃からこの大杉の若木が育っていたことになる。


 <大杉にまつわるエピソード>
@ これは祖母が話してくれたことなので、明治維新(1868年)より少し前の話になります。
  ある日子どもが突然行方不明となり、八方手を尽くして捜しても見つからないと言う事件があったらしい。
  そんな時、「これはきっと天狗様に連れて行かれた(神隠し)に違いない。」と、親兄弟たちが
 デンデンデンとたいこをたたき、大声で子どもの名前を呼びながらあちこちと捜し歩いたそうです。
 そんな人たちが、湯神子のお宮さんにも捜しに来たというのです。
  当時のお宮さんの境内は雑木が繁って昼なお暗く、狐や狸や狢などが棲みついていた森であったろうし、
 その中に樹齢300年近くの大木があったのだから「湯神子の大杉には、天狗様がおらっしゃる」
 と信じられていても不思議ではなかったのでしょう。

A 明治も末期、日露戦争の頃、藤田忠蔵と言う大工さんの子で、庄作という若者がおった。
 大変な空利きで、夜の間に大杉に登って日の丸を立てたというのです。
 村人が朝起きて、本当に日の丸が立っているのを見て大変話題になったそうです。

B 先の話を伝え聞いたのか、大東亜戦争勃発当時、石田幸吉さん(現在存命)が
 大杉に登って日の丸を立てました。   この頃は、どこの村でもめぼしい木には日の丸が立っていましたが、
 湯神子村の大杉はひときわ高くそびえ、 近隣の村人の志気をも高めるかのようでした。

 このように、村の歴史をずっと見守ってきた大杉は、1957年、町の文化財に指定されました。
 しかし、8年後の台風により偉大な財産を失ってしまいました。

   (原文は、湯神子公民館に掲額。)

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